2011年11月10日

ペットロスの忘却録 思い出の猫トイレを花壇にする方法

もう秋も終盤ですね。
これは初夏の話です。

ミィーちゃんが亡くなって、猫砂はすぐに捨てたのですが、トイレがどうしても捨てられなくて、これを花壇にすることにしました。
何度も下痢で苦しんだトイレ。いい思い出も悪い思い出も、いっぱいです。
これに野菜を植えるのは抵抗があるけど、お花ならいいかなと思ったのです。
花咲く猫トイレっていいじゃないですか。

よく洗って消毒したトイレにドリルで穴をあけます。
IMG_3026.JPG

こんな感じ。
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あとは普通に土をいれてお花を植えるだけです。

今回植えたのは、
サンパチェンス
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インパチェンス
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ペチュニア
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千日紅
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プロフュージョン
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ランタナです。
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赤いリボンがよく似合うミィーちゃんを思い出しながら。
やっぱり女の子だもの。

とってもキレイです。

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来年は何を植えようかな。
rankin.gif
↑あ、気がむいたらでいいんで。猫の白黒猫部門に参加中です。
posted by kotoyo at 14:03 | Comment(4) | ペットロス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
土も入ってるしキレイなお花も咲いてるし
最初はミィーちゃんが戸惑って
kotoyoさんの顔を見上げる、そんな風景が
頭に浮かびました。

こういう風に思い出を残すのはとってもステキですね♪
Posted by Ganbaruneko at 2011年11月25日 16:01
kotokoさん 初めまして。
その後如何ですか?【猫漫画】を検索してたら此方にヒット。
何時もなら内容の確認もしないのに
「ペットロス」のタイトルに痛みを感じ読んでしまいました。

私事で恐縮ですが、9月1日に18歳と1ヶ月の最愛なる子を見送りました。
同じく甲状腺機能亢進症です。

2006年に発症し、2007年の2月に片方の甲状腺切除、
その後もkotokoさん同様T4の数値に振り回され 
時には安堵、時には緊張し5年半を過ごして来ました。

彼女は昔から気性の荒い子でしたが
頭の良い猫だったと思います(飼い主バカ)
コノ病気、NYで発症されたなんて言われてますが、
正にNYの動物愛護センターにて彼女を引き取りました。
NYにはこの病気の子が多いと見えて
甲状腺亢進症の専門医が居るくらいでしたよ。
家の子もその先生に切除手術して貰いました。
正常だと糸位の細いものなのに
彼女のは小指の太さに近い大きさで。
片方を切除しても必ずもう片方は腫れて来ると
手術前後には説明を受けてました。
そうなったら 再び切除するか
投薬治療するか考えましょうと結論。
結局年齢も考慮し、投薬だけで頑張ってくれました。

NYと日本で常に一緒に生活してきてくれた彼女は
子供と言うより親みたいな存在でしたよ。
彼女が居るからちゃんと暮らせたって感じですかね。
動物は自分の役目を果たすと旅立って行くんだそうです。
イヤ・・・・まだでしょ?って何度も思いkotokoさんの書いたとおり、
懺悔と後悔しか無くて
この先もアタシは生きなきゃ行けない
生き地獄を味わうのかと狂いそうでした。

そんな時知人に言われました。
「その哀しみを知らなきゃ駄目」と。

愛していた分哀しみは深い。
だからこそ逃げずに哀しみに立ち向かおうと。
最初は妄想して紛らわせてたりしてましたし
アタシが死ねば会えるのか?と真剣に思ったり。
哀しみや辛さよりも恐怖しかありませんでした。
もう二度と会えない恐ろしさ。

彼女が旅立った翌日、何もかも捨ててしまおうと
使っていたモノをまとめていたんですが
ゴミの日が たまたまその次の日だったので
捨てる前に冷静に成る時間があり、考え直しました。
思い出を消去するのは酷いんじゃないかって。
今はまだ写真も見れませんし、形見も眺めるほど懐かしめないけど、
その内にと。

季節が早く1周してくれないかな〜と思います。
「先月の今頃は・・・とか去年の今頃は・・・」と
振り返るのが辛いですね。
季節が変わるとそのシーンに合わせての思い出が蘇りますもんね。
せめて早く1年が経って欲しいと願うばかりです。

そして写真を見ても形見に触れても笑顔で
懐かしむ気持ちに成りたいものです。

往生際の悪い私はお線香と水を供える度に
「早く戻っておいで〜」って語りかけてますが・・・・。
そのせいでしょうか、2度ほど幻覚を見ました。
夢にも渋々(?)登場してくれた彼女は元気そうで
ホッして抱きしめようとした時
目が覚めてしまったんですけどね。
結構 焦らした割にはアッサリしてたわね・・と

長々すみません。
同病相憐れむ気は無く、時期的に今頃みぃーちゃんと家のパムが虹の橋で一緒に遊んでるかもなって思っただけです。

それと、もし自分だったら?って考えます。
副作用がある投薬治療、どんだけ苦しかっただろうって。
口が利けないから真意は分からない。
だけど私のエゴで傍に居て貰った様なもの。
だから今度は私が辛い日々を送る番だって。
今頃は痛みも吐き気も無く
ネズミでも追っかけてるかなぁ〜って。
「アタシが居なくてもちゃんと生きなさいよ!」って
上から目線で言われてる気がします。

ケンカ上等の彼女だったから空の上でも
協調性に欠けてるかもなぁ〜


それでは失礼します。
Posted by pamlove at 2011年12月10日 01:57
>Ganbarunekoさん

随分お返事が遅れてしまいました。
まだブログの楽しい思い出を見るのは、辛いなと感じます。
でも、何もかもなかったことにするのも嫌だし、それはもっと辛いなと思うのですね。

ミィーちゃんは晴れた日にプランターの上に乗っかって寝るのが好きでした。だから、今も日当りのいい日には、この上に乗っかって寝ているのではないかと思います。

トイレもプラスチックですから寿命があって、いつかは劣化して捨てる日が来るかと思うのですが、その時には私の悲しみも一緒に捨てられたらと思います。
Posted by kotoyo at 2011年12月22日 08:38
>pamloveさん

はじめまして。
5年半もの間、猫さんもpamloveさんも、よく頑張りましたね。
治療も投薬も、辛かったかと思いますが、それ以上に一緒にいる幸せは大きかったのではないかと思います。
また、その間一緒にいられたのは、治療したからです。決してそのこと事体は、間違ってはいません。
もし治療をしなかったら、それだけの間一緒にいることはなかったでしょう。また、治療しても、薬が身体に合わなかったり、体力がもたなかったり、他の病気が併発したりして、亡くなってしまった猫さんも大勢います。

こうして治療ができた私たちは、とてもラッキーな方なんですね。でも、だからといって、家族を失った悲しみが癒えるわけではありません。

ペットロスは病気ではありませんよ。家族を失った心の様を表す言葉です。失った悲しみを、どうか恥じたり攻めたりしないでくださいね。
この悲しみを理解できるのは、同じ悲しみを味わった人間だけです。同じように悲しんでいる人がいたら、そっと寄り添って、ああ、悲しいね、愛してたねって、とても大事だったねって、いってあげてください。
それが、自分にとっても癒しになるのではないかと思います。
Posted by kotoyo at 2011年12月22日 08:50
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